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| 【名 前】 |
安心院 博信 |
【生年月日】 |
昭和32年11月25日 |
| 【出 身 地】 |
大分県日田市 |
【修業時代】 |
杉並区の某鮨店で8年間修業 |
| 【店長時代】 |
渋谷区道玄坂の某鮨店で23歳の終り頃から4年間働く。 |
| 【独 立】 |
28歳でたまプラーザの地に開業。現在に至る。 |
| 【店名の由来】 |
屋号は親方の名字「安心院」から一字をとりました |
| 【ポリシー】 |
味には絶対の自信を持っています。 |
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中田市長ご来店!4月10日(木)
去年の市長就任の頃より、少しおやせになっている気がしました。
「やっぱり地元は落着くなあ!」と市長。
(たまプラーザは、かって知った場所。)
おすしを堪能して頂きました。
「あじみさん鮨心のホームページにでも入れて下さい。」と市長の方から言って頂き、ホームページに入れさせてもらいました。 |
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すし教室を開催!!
親方が【あざみ野しらゆり幼稚園】にスタッフ四人を連れて5/20(火)・21(水)【星・空・山・森組】の140人の園児達にすし作りのサポートをしました。
可愛い子供達にお米の美味しさとすし作りの楽しさを伝えました
★前日、可愛い園児が鮨心見学! |
親方老人ホームに慰問!
老人ホームからの、出張サービスの依頼に応えて親方が参上!
容態の重いお年寄りを前にお店と同じ雰囲気をだす為に、着物にたすき掛け、種ケース持参でのパフォーマンス、お年寄りから「また来てね」と大好評でした。 |
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〜たまプラ・ザ音頭誕生!!〜 |
平成11年9月、当店の、たまプラ巻・たまプラ鮨、遊び感覚の一連の流れを見続けていた常連客のアレンジャー大場吉信さんが「じゃあー今度は歌でも作りましょう!」がきっかけでした。
大場先生は私に対して歌詞を書くようにと、提案してきました。
どうせ書くならたまプラーザの町名やたまプラのイメージをふんだんに盛込んで、1番〜6番までの歌詞を私は書上げました。10/10の秋祭りには完成していました。 |
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平成12年5月東急さんが出資して、知合いの二本木久美子さん(カラオケ講師)歌い東急文化村スタジオで録音。カセット3本が完成。 そして、振付は【花柳流】に依頼、将来に残す為にCD化、たまプラーザの四大商店団体が出資、ジャケット撮影に協力したのはアイドル深田恭子・広末涼子の写真集を手掛けている藪下修氏。2000年7/10、CD完成。 |
〜 たまプラ九楽舞とは 〜
http://yokohama.cool.ne.jp/tamapura9rb/ |
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たまプラ九楽舞(クラブ)とは、たまプラ近辺で、たまプラブランドを持つお店が共同でHPを発信している集まりです。
大手新聞に掲載されたり、NHKテレビにも放映され、田園都市線に話題をふりまいている九楽舞です。
たまプラーザとは・・・綺麗な街並が特長の田園都市線、この沿線は首都圏でも人気があり、その中でも特にたまプラーザは沿線の人達から「たまプラ」の愛称で親しまれ、人気No.1。駅名としてもオシャレなシティータウンです。 |
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【たまプラーザ
駅前通り商店街】 |
たまプラーザ最大の商店会(100店舗)
95年より、総務部部長でフリーマーケット担当。2000年4月より会計部長へ。 |
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美味しいお寿司は「ネタ」「技」「親方」から生まれます。
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